アーノンクール
amazon.co.jpで購入古楽とは何か―言語としての音楽 ニコラウス アーノンクール (著)
久しぶりにハードカバーの本を買った(↑これ)。
ノリントンの演奏を聴いて思ったこと。
・「ノンヴィヴラートの音色って素敵でしょ」という主張が聞こえる
・「奏法や楽器も意識してみました」という主張が聞こえる
・以外に時代考証というよりも自分の楽しい音楽観で中身は勝負か?
ノリントンにとって古楽とは単なる響きの引き出しの数を増やすためなのか?と言う疑問が。奏者の表現欲を押さえて響きを優先してる気もしないでもない。さーしさんが↓でコメントくれたように特にシュトゥットガルトのオケマンには嫌われる気がしますが、ロンドン・クラシカル・プレーヤーズの演奏でも同じ印象が残りました。
で、たまたまBSでやってたアーノンクールのモツレクを聞いて、より進化したピリオドアプローチの姿をそこに見た気がしたので購入したのがこの本。パッと聞いた感じ、アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏のほうがピリオドを消化しきってる感覚がしたんですよね。まだはじめのほうしか読んでませんが、面白い本です。日本語訳がちょっと頂けないけど。
「譜面に忠実」の誤解や記譜法の変遷の話、コンセルヴァトワールが出来る(フランス革命)前後の音楽のあり方の違いとそこで生まれた新しい奏法の話、ウィーンフィルのウィンナワルツの話などを読んで、古いウィーンフィルの演奏なんかを聴いてみたくなりましたね。
真にラディカルとは変えない(≠変わらない)、ことなのか?知っているからこそ表現が出来るわけで、忘れ去られた表現手法を知っていたかもしれない時代の演奏から読み取ることが出来ることは無いか?ということを感じてます。
生後2ヶ月の拓樹。原始的な言語?でいろいろ要求することを覚えてきました。
Comments
音快計画さん>
貸してもよいけど、ちょっといま受け渡しの時間がとれないんだよね。T朋だったら図書館にでもあるんじゃない?まあ、そのうち飲みにでも行きましょう。
今年もよろしくお願いします。
すげー勉強になります!
先輩、この本貸してください!!
拓樹くん大きくなりましたね。
文字通り目の中に入れても痛くないんじゃないですか。(笑)
一日一日成長する子供を見ると、疲れやストレスも吹っ飛ぶでしょうね。
私はアーノンクールの演奏を幸いにも11月に2回(ウィーンフィルとメサイア)聴くことができましたが、かつての少し尖がったところがなくなり、こだわりを持ちながらも大きく包み込むような音楽に変貌してきたと感じました。
できれば、もう一度聴きたいですね。
来年もどうぞよろしくお願いします。
アーノンクールいわく「ヴィヴラートは弦楽器それ自体と同じくらい古くから存在している(中略)レオポルドモーツァルトは「ヴィヴラートは自然にそれがもたらされる箇所でだけ使用されなければならない」と記している」とのことなので、少なくとも弦楽器はノンヴィヴラートだけではなかったようですね。
弦楽器の奏法に関するこの本の記述は非常に面白いです。いろいろ想像力を喚起してくれます。
すごく純粋な響きで、僕は好きです。
ビブラートが多用されるようになってから実は100年も経ってないみたいですね。ということはマーラーもブルックナーも、もっとシンプルな響きでもいいのかも。
余談ですが、今でもフランスでは日本やドイツと比べて弦も管もビブラートは控えめ。レッスンでもビブラートの使い方(ていうかノンビブラートの使い方?)を教わりました。ノンビブラートできれいに響かせるのは難しいですね。
ところで18世紀は、すべての楽器が本当にノンビブラートだったの???アーノンクールは何と言ってますか?
最近買った古楽器のCDを聞いてると、ゆるやかにビブラートがかかってるんだけど、これは今風の古楽器演奏なのかな???